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Hacks for Creative Life!管理人Beck

2009年03月09日

土日はダラダラ・・・/祖父

金曜日の夜は会社の同期が70人ほど連れ持って「4年目お疲れ会」なるパーチーでした。皆さんお疲れ様でした。特に幹事の皆さんはお疲れ様×10ぐらいお疲れ様(^^)で、軽く終電を逃した僕は桜木町からタクってムダに3000円。。勿体ない。。

そんなわけで、土曜日はダラダラしてました。16時ぐらいから彼女と大桟橋に行って、関内をぶらついて、家について飯作って・・・みたいな感じ。平和な日常です。で、日曜日もなんだか上大岡をぶらぶらして、ミスタードーナツ食べたり、イトーヨーカドーで新しいフライパンとフライ返しとやかん買ったりなんだり・・・平々凡々でした。夜はカレーを作り、blogを書き、プログラムを書き・・・な感じ。


ただ、個人的には平和じゃないこともあって・・・

奈良の祖父が何だか調子がよろしくないらしく。
調子が悪いという話を先週聞いて、緊急入院したという話をこの土曜日に聞いた。
既に意識もあまりない状態らしい。この土日に帰れば良かったと激しく後悔した。
詳しい状態が分かったらまた連絡が貰えるとの事だったので、今は待機中。

昔はおじいちゃんっこで、小学生の頃は月に1度か2度は一人で電車に乗って遊びに行っていた。土曜日に泊まりに行って、日曜日に両親が車で迎えに来る感じ。小学校4年生の夏に祖母が亡くなった後は頻度が落ちたんだけど、それでも時々は泊まりに行っていた。

中学生になり、部活をやるようになってから、圧倒的に訪問の頻度は落ちていった。泊まりに行くことはもうほとんど無かったんじゃないかな。高校、大学と進につれて、ますますその頻度は下がっていった。社会人になり、横浜に出てからは年末年始に挨拶をするぐらいだった。

少しボケが回ってきていたのと、僕があまりにも疎遠だったのとで、僕のことをあまり誰だか分かっていないようだった。それでも祖母の十三回忌や年末年始はちゃんと会話もできていたし、介護がいるような状態でもなかった。

状況が変わったのは先々週頃からだという。転んだ拍子に寝たきりになり、段々と意識レベルがさがり、衰弱していったとのことだ。そしてこの土曜日に緊急入院。来週帰郷するつもりだったが、そこまで深刻だったのなら、今週帰りたかった。

もう、会話はできない。僕が結婚することも報告できない。つい先日まで
は、1年後の結婚式に来て貰えると思っていたのに、だ。後悔した。ちゃんと話ができた正月に、報告しとけば良かったと。僕のことはちゃんとは認識できないかも知れないけど、自分の孫の一人が結婚するということを聞けば、きっと喜んでくれたと思う。

あんなに可愛がってもらったのに、何一つ恩返しができていない。十三回忌でも、年明けでも、話す機会がたくさんあったのに、ちゃんと話をしなかった。ほんとうに情けなくて、悔しい。

多分15年以上前、泊まりに行った夜のこと。夜中というか、明け方頃に目が覚めて、ふと怖くなった。”大好きなおじいちゃんが死んじゃったらどうしよう。”祖父の口元に手を持って行って、寝息を感じて安心して、又眠りについた。別に祖父は元気だったんだけど、ただただ祖父がいなくなってしまうことが怖かった。多分、祖母が他界してすぐの頃だったから、余計にそんなことを考えていたんだと思う。

15年の間に、色々なものが変わってしまった。祖父も、僕も、周りの人も、環境も状況も本当にガラリと変わってしまった。でも、やっぱり祖父の状態を聞いたときに、僕は十五年前に感じたあの不安を思い出した。そして、同時にこれまで自分の事ばかりを考えていて、そんなに大好きだった祖父と疎遠になってしまっていたことを後悔した。
できることなら、持ち直して欲しいし、できればもう一度話がしたい。そしたら、もっと機会をつくっていっぱい帰って、彼女も紹介して・・・結婚式にも出てもらいたい。


僕の家では小学生の自分は、カップラーメン禁止、清涼飲料水禁止、ゲームは1日1時間まで・・・などの制限があった。祖父の家に行ったときには、家には内緒といって、朝からカップヌードルカレー味を食べ、清涼飲料水(三ツ矢サイダーとか)を飲ませてくれた。朝からゲームばっかりやっていたけど、祖父と祖母と一緒にジャスコやニチイへ行くのも楽しみだった。夏休みは何日も泊まっていた。
祖父は熱いお風呂に入った後、冷たい水で濡らしたタオルで体を拭いてくれた。お風呂は僕が泊まりに行ったときには花王のバブを入れてくれた。将棋の差し方を教えてくれたのも、花札のやり方を教えてくれたのも祖父だった。僕がゲームをやっているときは、祖父はラジオで株価情報を聞いていた。祖父が元気な間は常に最新の四季報が置いてあった。今思うと、なかなか本格的だったなぁ・・・と。

日曜日、両親が車で迎えに来て、家に帰るのが嫌だった。純粋に、大好きな祖父と祖母と離れることが寂しかった。多分、毎週のように祖父の家に電話しては「今週は泊まりに行ってもいい?」と聞いていたと思う。


これを書いていたら、何だか思い出ばっかりがよみがえってきてしまって、むちゃくちゃな文章になってしまった点はご容赦願いたい。。今はただ、祖父の快復を祈っている。


posted by beck at 02:05 | ☔ | Comments | TrackBack(0) | 個人的日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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