■結婚式の準備は半生を振り返る機会
ムービーやメッセージカード作成、司会者へのインプットなど、結婚式の準備を進める中では今まで忘れかけていた記憶や、ゲスト一人一人との思い出を振り返る場面が多々ありました。そうやって自分の記憶や思い出を振り返るという作業は、なかなか大変だったのですがその分得るものも多かったのではないかと思います。
僕たちはどんなに嬉しいことも、感謝したことも日々の雑多な出来事に流され忘れてしまいます。また、その時は何とも思わなかったのに後から振り返ってみると凄く良かったこと、有り難かったと気づかされることも良くあります。
思い返す、振り返るという行為によって、忘れ去られることを思い起こして記憶を強固なものとし、その時に見落としていたこと気づけなかったことでも後から記憶の意味を再定義することが可能となります。記憶の改ざんとも見えるかも知れませんが、心境の変化や経験を積んだことによる物の見方、捉え方、パラダイムの変化よって得ることができた新たな気づきはもっと肯定的に捉えてもよいと思います。
両親が何だかんだで僕のことを厳しくも愛情豊かに育ててくれ、修養も鍛錬も存分に行える環境を僕に用意してくれたことには本当に感謝しています。今は亡き祖父母の深い愛には本当に感謝せずにはいられませんし、叔父叔母にも沢山可愛がってもらい、従兄弟には沢山遊んで貰いました。中高の友人達とは苦楽を共にし、本当に仲間と呼べる存在、親友と呼べる存在にも恵まれました。女子バレー部のコーチでは、一生懸命頑張ったあの子達から一生分の感動と思い出を共に作れたと思います。社会人になってからはまじめに仕事のことを語りつつも、かなり無茶な遊びもできる友人達に恵まれ、結婚式で裸になって余興をやってくれるような先輩達にも恵まれました。
・・・こんな数行では書ききれませんが、自分がここまで生きてくる中で、多くの人と出会い、支えて貰いながらここまで来ることができたという、とても当たり前だけど、ともすれば忘れてしまいがちな大切な事を思い出すことができました。半生を思い返すなかで、自分が如何に恵まれた人生を生きてきたかを改めて認識できただけでも結婚式を挙げて良かったなと思います。
普段、1日や1週間、1年を振り返ることはあっても自分の半生を振り返る事はそうそうないと思います。結婚式の準備というのは、今の自分の目でもって、今まで生きてきた自分の半生を振り返ることができる、とても良い機会だったのではないかと思います。
ムービーを作っている途中で何度感極まって涙したことか・・・(^^;
■涙もありつつ笑顔に溢れた1日
そして、やはり式当日、一同に介した来賓、先輩、友人、親戚、親兄弟を前にすると緊張よりも嬉しい気持ちが勝りました。何だか気恥ずかしくも、僕らの事を見て満面の笑みを浮かべて祝いの言葉を投げかけてくれる友人や親戚を見て、本当に嬉しいことだと思いました。
実は笑いの要素は所々にちりばめていて人前式の結婚宣言も「幸せな家族を築くために一生懸命働きます。そして、一生懸命家事をして、奥さんが疲れたときにはマッサージをして、精一杯奥さんに尽くすことを誓います」なんてちょっとおふざけな感じだったのですが・・・結局の所ばっちり泣かされてしまいました。(当初「私は泣かない」と言っていた奥さんは友人の手紙、従兄弟の歌、妹さんのスピーチ&歌全てで泣いていましたし 笑)
お色直しもなかったですし、凝った演出もなかったですし、余興やラウンドに時間を取られすぎて当初想定していた歓談の時間もほとんど取れないドタバタっぷりでしたし、荘厳さもなく、新婦の手紙やブーケトスの様ないかにも結婚式といったイベントもない、どちらかと言えばワイワイ系の式でしたが・・・余興をやってくれた方々や、その中で一緒になって楽しんでくれた友人達のおかげで本当に盛り上がり、時々涙もあり、笑いもありの良い式ができました。「なんか、すごくベック達らしい式やったよ」と言って貰えるぐらい、自分達の中では想像以上の式になったと思います。それは自分達で作り上げたと言うよりも、参列して下さった皆様と一緒に作りあげた時間、空間だったのかなと思います。
ちなみに、2次会は2次会で文字通りもの凄く盛り上がったのですが・・・最後の最後に色んな人達からプレゼントや寄せ書きを貰いました。奥さんからのプレゼントは何となく予想していましたが、他にも会社の同僚や今メインで活動しているバレーチーム、高校のバレー部などからもプレゼントが贈られて、あまりの感動に最後は号泣してしまいました。
結婚式では会社のバレー部の先輩方が文字通り一肌脱いで余興をしてくれたのですが、その余興があまりにも圧倒的だったため、凄く感動していたというのもあるのですが・・・2次会でその他の仲間からも色々としてもらって、感極まっちゃった感じでした。
愛すべき親兄弟、親戚と、普段お世話になっている会社の上司や先輩方、そして今まで沢山笑いあってきた愛すべき仲間達と共に過ごした時間は、いつまでも記憶に止めておきたいと思いましたし、そう言った人とのつながりは今後もっと大事にせねばなぁと思った次第です。(故に僕はその事をほぼ日カズンに書き留め、Blogにかき、Evernoteに残し、写真を整理するのです!)
前回も紹介したけど、本当に沢山の贈り物を貰ってしまいました・・・まじで感動です。
■沢山の言葉、言葉、言葉
人は言葉によって想いを伝える生き物です。言葉には魂が宿るという言霊信仰ではありませんが・・・やはりお祝いの言葉をもらうことはとても嬉しいことですし、これらの言葉で僕たちはとても幸せな気持ちになりました。結婚式や2次会の中で、そんな言葉を形にして沢山残して貰うことができ、式が終わった後もこれらを見て2度3度感動してしまいました。
2次会の幹事が集めてくれた寄せ書き。かわいい上に書いてある内容が凄くグっと来る物が多くて、家に帰ってもほろりときちゃいました。
高校バレー部と今所属している男女混合のチームからの贈り物。他の参列者の方からもメッセージを貰ってくれたらしく、色々書かれていて楽しく読みつつ、時々良いことが書かれててやっぱり涙がぽろり(笑)
バレーを教えていた女子バレー部の子達からの手作りメッセージアルバム。中には沢山の写真と手紙が詰まっていました。
こんな感じです。これは涙がほろりどころか号泣物ですな。
■自分が何者であるかを知る
最初、結婚式は思い出を作ったりお披露目的な意味が強いのかなと思っていました。でも、僕はこのイベントを通して、自分の人生を見つめ直し、多くの思い出を思い起こし、多くの人とのつながりを感じ、そのことに感謝し、そのつながりを大事にしたいと思うに至ることができました。自分達が思っていた以上に色々な贈り物(形ある物以外も含む)をまたもや貰ってしまい、感謝の気持ちをお返しするどころか、またもや大きな借りを作ってしまう形になってしまったわけですが・・・(^^;
いざ終わってみると、結婚式を通して自分が何者であるかを知ることが出来たのではないかと思います。自分が思い返し、再定義したことが、あの時の友人の笑顔が、今も家に残る言葉の数々が、式の後ぞくぞくと集まってくる写真達が、僕が何者であるかを教えてくれるのです。この先も、僕を僕たらしめてくれている人々を大切にし、共に笑いあえる日々を送れるよう努力していきたいと思います。